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Suite Sweet Suite

キミが鍵を開けたから、最後の部屋が とびきりSWEETなスイートになった
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きっと誰もが持っている「才能」というタネ

才能って何だろう。

はっきりとかたちのない、
手に触れることのできないもの。

大竹しのぶさんの「ピアフ」の舞台を観て
才能というものについて
改めて考えさせられました。

又吉直樹さんの小説
(厳しい意見も聞きますが私は良かった)
も、才能というものについて
とことん掘り下げて書いてあります。
たった一度きりの人生を
「持っているのかいないのかわからないもの」
を信じ抜き捧げるということは
どれほど厳しくまた不安定なものであるか
それを感じ、読んでいて身震いがしました。

それに比べてピアフは
「自分には才能があるのだろうか」と
思い悩む場面はほぼ皆無で、
ただ人生そのもののように歌い続けます。

失敗したら何も残らないかも・・・
そういう恐怖にとらわれず突き進めるのは
はじめがどん底だったからかもしれません。
娼婦館で育ち持ち物も殆どなく、道で歌う。
それがピアフのデフォルトなのですから。


   **********


(他の仕事もきっとそうなのだと思いますが、
 私は音楽しか知らないので・・・)
音楽をするにおいて
「自分には才能などないのではないか」
と思いながら続けるのは
耐えがたくつらいことのように感じます。

若い頃の私は、
自分に才能はないと思っていながらもどこかで
いやきっとある、と信じようとし
他人に認められることでのみ、その有無を
実感しようとしていました。

そんなある時、様々な事情が重なって
転居することになり、それにあたって
ピアノを処分しなければならない状況になりました。

音大の学生がたくさん住むその街では
ピアノOKのマンションが多くあり、
そこで私も狭い6畳間きちきちに
G3の小さなグランドピアノを置いていました。
(今はあまりグランドの中古はありませんが
 当時は学生向けにたくさん出ており
 アルバイトでお金を貯めて買えるものでした)
冗談ではなくピアノの下に寝ていました。

でも新しく行くところでは楽器を置けなくて、
手放すのがつらかったあまり、当時の私は
思わず自分の環境を呪ってしまいました。
もし親がいたら
普通の家庭に生まれていたら
こんな思いをしなくて良かったかもしれない・・・
そう泣く私に、こう言ってくれた人がいました。

「今楽器を手放さなくてはならないのも
 今のあなたの才能のうち。」

ハッとしました。
ネガティブな言葉に聞こえるかもしれませんが
私にはズドンと響きました。

そう、もし私に今時点で才能があれば
ピアノを手放すような状況にはなっていません。

誰のせいでもない、何のせいでもない。
才能とは、人に認められることでもなく
周りの環境に左右されるものでもなく
私自身にのみ、結果として出るものなのです。

その代わり、今はなくとも
その先はわからない。
自分がそうなりたいと思う状態に
自分をもっていけるよう努力することで
いつかきっと、才能を実感できる時がくると
私には思えたのでした。


   **********


天才歌手と言われたピアフも
歌うことについては苦しいほどに
身も心も捧げていました。

楽屋からステージの上のマイクまでの距離と言ったら
まるでフランスからアメリカほど離れているみたい・・・
確かこういうようなことをピアフが言っていました。
それほどの決意と覚悟を持ってステージに立っている。
それでも逃げ出さず、辞めようとは思わず
生きることと同じように歌い続ける。

そんなピアフを私は尊敬するし
ほんの少しでも近づけるように
一つ一つの仕事に全身全霊を捧げたいと思うのでした。

その努力をずっと続けられることが
もしかしたら技術よりも表現力よりも
「才能」というものに近いのかもしれないと
今はそんなふうに思います。




シロップ


デートのことを書くつもりが
ちょっと話が離れてしまいました・・・^^;

人を愛し続けられることもきっと才能のひとつ。
努力をずっと続けていきたいと思います。


20181208.jpg







Suite Sweet Suite | Comments(12) | Trackbacks(-)

Comment

No title
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諦めないのも才能のウチ …とイッテミル
2018年12月09日(Sun) 20:32
No title
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いつも訪問していただき、ありがとうございます。
【人を愛し続けられることもきっと才能のひとつ】
感動しました。
幼稚なブログでお恥ずかしいですが、続けてまいります。
よろしくお願いいたします。
2018年12月10日(Mon) 02:20
管理人のみ閲覧できます
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018年12月10日(Mon) 07:53
才能など存在しないと思います。
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 確かに記憶力が良いとか理解力が良いとか、あるいはピアノの操作がうまい、上手な人の引き方をうまく真似られるなど、才能があると有利ですね、全ての分野において。
 でも、私の好きなショパンは、言葉もうまく話せないフランスに亡命し、死ぬまで故郷を懐かしみながらも帰れず、当時は死病であった結核をわずらい、ジョルジュ・サンドに愛されたが愛想を尽かされ、悲哀と、寂しさと、絶望と、死の恐怖と体調の悪さなどなど、真っ黒に塗りつぶされた人生であったからこそ、あの美しいけれど悲しげで胸を打つ曲ができました。
 バッハもそう。わずか10歳ぐらいで両親を失い親類をたらいまわし。高校生の頃にはずっと首席、今なら間違いなく特待生で数学と音楽が一番よくできましたが、その境遇ゆえに高卒で終わり、死ぬまで学歴がない事を同僚や周囲に見下されて生き、月収60万円ももらっていたのに、子供がほとんど病死、最初の奥さんも病死で、家が何軒も経つほど医療費を使い、ぎりぎりの生活であったがゆえに、アリアやラバーズコンチェルト、私が数回だけふけるようになったフルートのシチリア―ノなど、きれいな曲を作れる人なのに、あの重厚な威厳のある、けれども寂しさと悲しみと絶望と忍耐で彩られた名曲の数々に結実したのです。
 もし、ショパンやバッハが大金持ちで健康で長生きし、全てに恵まれていたならば、決して彼らは天才として名を残す事はなかったでしょう。
 モーツアルトも結局はお父さんが天才でありかつ、経営能力に長けていたからこその存在であって、お父さんと縁が切れてからは大金を儲けていたのに完全に経済的にも破綻しています。
 才能と天才とは一致するものではありません。
 人生の悲哀や不幸や孤独や絶望を経なければ、人々の悲しみや苦しみを表現し、人の胸を打つ演奏などできるはずありません。けれども、多くの人は、不幸になると世界や自分自身や他人を恨み呪うだけで、自分の糧にできる人は稀です。こうした悲しみや孤独や病気を糧にして昇華できるか否か、それを自分の演奏や生き方にどう結び付けるのか、それが本当の天才や才能と呼ばれるべき物だと思います。
 私もピアフのファンですが、彼女の歌を聴くと、真っ暗闇の中にいるにも関わらず、
「私は人としての尊厳を失わなかった。私は精一杯生きた。そして愛した」と、胸を張っている姿が目に浮かびます。
 彼女にとって歌うことは生きる事でした。もし、ピアフやショパンやバッハのような人々の才能を才能と呼び、天才と呼ぶのなら、天性の器用さや演奏技術などは才能とは到底呼べません。
 苦しみながら生き続ける事こそが尊いのであり、それ以上の才能はないのだ、そう思って私は生きてきました。
 努力以外に才能を得る方法はありませんし、どんなに努力しても自分の限界はありますが、それはもうどうする事もできません。
 また、努力した果てに燃え尽きてしまうようでは、何の努力かわかりません。
 人間は、一人一人違っていて、自分が自分の生き様や在り方、自分自身の個性を受け入れられるかどうかだと思えてなりません。
 ついでに言えば、レオナルド・ダ・ヴィンチは私生児で自分のお母さんにも自由に会えなかったし、ミケランジェロは幼いころに里子に出され、殴る蹴るの暴力を受け続けて育ち、ラファエッロは10歳前に母を亡くし父もなくして叔父さんに引き取られて修道院で育っています。
 悲しい事ですが、才能が育まれる本当の原動力は、この世の不幸と絶望以外ないようです。
 そう考えると、他人の「才能」をうらやむことが、いかに空しく無意味な事であるかがわかると思います。
2018年12月10日(Mon) 11:02
No title
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クレオパトラや楊貴妃はなぜ歴史に残る絶世の美女と言われるのか?
美人だけを探すなら、その辺を見渡せば百人に一人くらい幾らでも美形の女はいます。
けれど、美形の上に頭がよく、話術が巧みで、音楽や舞踊に秀でた才能を持っている女性は稀にしかいません。
例えば、スケートのアリーナ・ザギトワ…彼女は飛び抜けた美人ではない。だかアイスリンクで舞うとうっとりするほど美しく見える。
クレオパトラや楊貴妃は決して飛び抜けた美人ではなかった…だがずば抜けた何かの才能を持っていたのでしょうね。
2018年12月11日(Tue) 14:13
Re: ゆう。@さまへ
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こんばんは(*^^*)

本当にそう思います。
諦めずにやり続けることはだからこそ
難しく尊いことなのですよね。
最期に「才能あった!」と言えるよう、諦めずに頑張りたいです。

ありがとうございます(*^^*)

寒いので雪など心配しております…
ゆう。さんのことですから大丈夫かと思いますが、
お身体に気をつけてお過ごしくださいね!

2018年12月12日(Wed) 18:07
Re: のら猫さっちゃんさまへ
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こんばんは(*^^*)

こちらこそいつもありがとうございます。
朝に夕に、「ヒラメキ」にハッとしながら拝見しております!

愛といえば私ものら猫さっちゃんさんの、
「人を想うだけでも生きていける」
という言葉に深く感動したのを覚えています。
感謝の心を忘れずに、見返りよりも愛せる喜びを大事に
幸せを感じたいと思いました。

これからもぜひ、どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました(*^^*)



2018年12月12日(Wed) 18:13
Re: 鍵コメKさまへ
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こんばんは(*^^*)
ゆっくりお話したい…といつも望んでいるのに、なかなかそうもいかず…
でも同じようにお忙しい中、コメントしてくれてどうもありがとう( ᵘ ᵕ ᵘ ⁎)嬉しかったです。

えっ、私、Kさんの方が余程、きっちりしていてしっかりしていて…まめで細やかで…うーん、とにかく全然ちゃらんぽらんとは逆の印象なんだけど! でも、いま並べた言葉が「自分に厳しい」というわけじゃ多分ないですよね💦
確かに、ピアノは1日練習を休むと取り戻すのに10日はかかるといわれているし、自分のためにもサボることはしないけれど…でも、それ以外のことに関しては私ったら、ゆるゆるだし結構適当で(^^;; ああ、きっとカカオが何度も頷いている…

Kさんの書いてくださった愛についてのそれは、まさにKさんの才能であると思います。
強くしかもしなやかで、優しく思いやり深いからこそ成り立つこと。
Kさんが素晴らしいのはそれをつらく思う側面より、幸せの方にフォーカスしていけることのように思います。いつも本当に見習いたいと思っていることの1つです。(他にもたくさん!)

年末はなにかと忙しい時期ですが、お互い健康に気をつけて乗り切りましょうね。
はい、また会えるのを楽しみにしています( ᵘ ᵕ ᵘ ⁎)

ありがとうございました(*^^*)

2018年12月12日(Wed) 18:29
Re: motomasaongさまへ
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こんばんは(*^^*)

おお…なんだかすごい音楽史の本を読んでいるような気持ちになりました!
何に関しても博識でいらして、すごいなと思ってしまいます。
そうですねえ、音楽だけに限らずとも、困難や苦しみは芸術の昇華に強く作用すると思います。そしてまたおっしゃるように、その困難や苦しみがあったとて、すべての人がそれによって自分を高めることができるわけではない。そう考えると過去の偉人たちは本当に素晴らしいと思いますし、残してもらった作品たちが愛しくてなりません。
ただ不幸からだけではなく、幸せからも素晴らしい芸術は生まれることがあると私は思います。たとえばモーツァルトがナンシーストレースとの恋愛中に作ったケッヘル505のアリアなど私は大好きです♪ もしかしたら幸も不幸も創作と表現に繋げていける能力が才能なのかもしれませんね。

motomasaongさんが吹かれたのは、バッハのシチリアーナなのですね♪ バッハも綺麗で好きですが、私はフォーレのシチリアーナが大好きです(*^^*) あの曲にピアノで参加していると、ああハープが弾けたらなと思います。フルートは素敵な旋律がたくさんあって良いですね。
たくさんの興味深いお話をありがとうございます。
これからも頑張って努力していきますね(*^^*)

2018年12月12日(Wed) 19:00
Re: sado joさまへ
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こんばんは(*^^*)

おっしゃることわかるような気がします。
あの、リアルに周りでも、素晴らしい演奏をなさるかたや、美しい音を出されるかたは、本当に魅力的に感じられますし、変な話とてもモテるので…
クレオパトラさんや楊貴妃さんも、きっと周りがうっとりするような、特別な何かの輝きを持っていらしたのでしょうね。
sado joさんのコメントに勇気をいただいて、美人でなくとも魅力的に見えてくるような演奏を目指して頑張りたいです…あれっ、違うかな、やっぱり美形は美形じゃないとならないのかしら(^^;;
と、とにかく努力したいです〜!!

ありがとうございました(*^^*)



2018年12月12日(Wed) 19:06
No title
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こんばんわ

昔、父がジャズのフォノシートを時々買ってきて、レコードに針を落として聴いているのを自然と覚えて僕も自然と音楽が好きになっていました。

そして、レコードで鳴っているサックスやドラムの音を聴いているうちに、自分も楽器を演奏してみたい って思うようになり その思いはずっと気持ちの中にありました。
そんな思いが、ドラム演奏 という形で実現したのは何と、職を退いて時間ができてからなんです。
ギターは元々興味があって、若い頃からバンドも組んでフュージョン系メインでレコードコピーに励みながらレパートリーを増やそうとやってました。

一時はその道に進もうか なんて考えたりもしたことがありました。

ただ、それで食べていくのは好きで趣味でやるのとはわけが違って、誰が聴いても感動を誘うレベルの演奏までレベルアップしていかなくてはなりません。それを思うと、2段も3段も高いところまで持っていくにはどうしても限界を感じてしまい、いつしか自分で心地よいレベルで演奏できたらそれでいいんじゃ・・って思うようになり、気持ちも吹っ切れました。

今は時間を見つけては、これっていい感じ って思った曲をギターでコピーしながら楽しんでます。
感覚に素直に、楽みながら歌う  演奏する  聴く ってスタンスで肩の力を抜いて楽しんでます。(o^―^o) 

2018年12月14日(Fri) 22:37
Re: ももPAPAさまへ
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こんばんは(*^^*)

コメントありがとうございます。
ももPAPAさんの音楽のルーツはジャズからだったのですね♪
自然と…という始まり方、とても素敵だなと思います(*^^*)

とても本格的にやっていらしたのですね。
その道に進もうとも…そうだったのですか!
長いこと続けていらしたギターに、今はドラムもされるなんて
すごいと心から思います…!

そうですねえ…どんなことでも仕事というのは
厳しい面のあるものですよね。
デザイナーをしている友人も、昔は暇さえあれば絵を描き
何時間でも没頭するほど好きだったけれど
仕事になってからは楽しくなくなった…と残念そうに言っていました。
もちろん好きなことを仕事にしているからこそ、
喜びや感動もあるとも言えますが…
私もプライベートでは全く音楽を聴きたくなくなってしまいましたし
純粋に好きというところからは離れていくのかもしれませんね…

ももPAPAさんの、感覚に素直に、楽しみながら歌う、演奏する、聴く、
そういうスタンスをとても素敵だと思いますし、見習いたいです。
私も音楽を好きになったきっかけを思い出してみたいと思います♪

ありがとうございました(*^^*)

2018年12月15日(Sat) 23:02












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